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綿 in a stuffed brooch

おちょぼ口

10代だった10年間がフェアリーテールじゃなかったなんて信じられない

私は音楽を聴くとき、邦楽/洋楽という分け方をしていません。メランコリってるorノットで分けています。なので、誰かが、私に「洋楽好きな人」と言ったとしたら、私は、え?誰それ?と思います。

ただ、私の大好きなツジコノリコお姉様は、その分け方をした場合、洋楽になると思います。日本のいわいわゆるサブカルチャーには入っていない。相手が世界です。

かつて大好きだった嶺川貴子お嬢様も、彼女くらいのレベルに行けたはずですが、脂の乗ったところで、子育てに専念してしまいました。最後の『マキシオン』大好きでした。彼女の作品で一番素晴らしかったです。特に、アメリカ版のボーナストラック「スリーピングバッグ」が、大名曲で、元旦那さんの、オヤマーダの、やはりアメリカ版の『フリーフォール』のB面だった(orファンタズマの隠れトラック??)「タイプライターレッスン」と、同じムードで、お揃いの歌だなと思って聴き倒しました。

あの路線の続きを聞いてみたかった。オヤマーダは、前のアルバムが出たときのジャパンのインタビューで「貴子ちゃんに、トムラブからリリースする話が来ている」と言っていました。当時、私が一番大好きだった、ドイツのエレクトロニカのドン的レーベルでした。しかし、彼女の作品がそこから出る事はなく、ツジコさんの作品は出ました。

途中、坂本龍一風の谷のナウシカをカバーしていましたが、歌い方が、いかにも私母なの〜みたいな風情に変わっていて、マキシオン感はゴーンでした。

離婚され、ボーイフレンド?の方と組んで、音楽に復帰されましたが、私はあまりピンとまだ来てません。というか、50歳目前で、まだキャラ変わってないんだ…不思議ぶりっ子なTwitterにちょっと引き気味です…

と、オヤマーダの新曲聴くの楽しみですけど怖いですね。今、心をあまり揺らしたくないんです。エモーショナルになりたくないんです。それはおそらく素晴らしいものに決まっています。でも、昔をもう思い出したくないんだなあ…

Mステでオザーワを久しぶりに見て、私は、ふ〜ン、私はオヤマーダ派だしなんて偉そうにしてたら「僕らが旅に出る理由」のイントロの時点で号泣してました。あんなに泣かなくてもいいのに、何かに対する涙があふれてあふれて大変でした。

青春が、若い日々が終わってしまったことへの悲しさ。でも、それは確かにあったんだということを思い出し、感傷的になってしまったのでしょうか。

そう、それはフェアリーテールではなくて、現実のことだったんでしょう。私が10代だった10年間。