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綿 in a stuffed brooch

おちょぼ口 

あの日を思えばなんだってへっちゃらさ

どよーんとしてきたので、人生最悪の日のことを思い出して、元気を出そうと思います。あの日より、つらい日は来るだろうか。わからない。でも、今のところ、あの日がトップです。

この話はたくさんの人に、たくさんの場所でしました。自分のために書いておくだけです。

2014年の10月から始めたTwitterに、夫とあずみちゃんの色々を愚痴っていたら、ある日、LINEが彼から届き

「俺とあずみのプライバシーを世界にさらしてくれてありがとう」みたいなメッセージが書いてありました。どうやって、ばれたんだろう…ストーカーされてる人の気持ちがわかり、気持ち悪くて、ぞっとして、もうだめだ、帰国しようと決心しました。

彼は、私さえ、家からいなくなれば、あずみちゃんと付き合えると信じているようでした。なぜなら、私に内緒で10月にデートの約束をしていたのに、私の心臓がおかしく、モニターをすることになった&グリーンカードを失効しない証明書の手続きがまだ終わってないため、私は、自分の誕生日9月14日の前に、帰国はできませんでした。しかし、彼は、それまでには私を追い出し、クリーンな身になり、10月2日に日本に行く予定だったそうです。しかし、予定が狂い、夫は、あずみちゃんに、会うの延期できるかと聞くと、やっぱりレーディーできないから会えないと、断られてしまいました。飛行機代はもう払ったあとです。

彼は2000%、それは私がこの世にイクジストしているためと思い、呪いました。誕生日にお前まだここにいるの?then i should celebrate your birthday、と吐き捨てるように言われました。

誕生日は週末でした。私の心臓計測器、鼓動が速くなったら、録音ボタンを押し、録音し、それを心臓聴くよセンターに電話して、計測器を受話器にくっつけて、ピローピロピロピロピロ〜みたいな音を送るのです。うちには、家に電話がなく、携帯だけで、携帯からはできない上に、私は、英語で電話恐怖症なので、夫のヘルプがないとできません。なので、お誕生日プレゼントとして、それをやって下さい、お願いしますといい、夫の会社まで行き、会社の電話から、ピロピロしてもらいました。

そして、誕生日の次の日、15日、35歳1日目から、抗うつ剤のレクサプロデビューを果たしました。ドクターに、薬かカウンセリング!!と強い口調で言われたのです。私の置かれている立場は、ちょっとアメリカンからしても、オーマイガーなので、鬱病を予防する意味と、不安と恐怖を和らげるためと言われました。

と、早く帰って欲しい夫のいやがらせは日ごとに増していき、私があずみちゃんにメールをしたことがばれたら、ボーされたり、顔に唾を吐かれたり、ベッドでラップトップをしてたら、布団をひっぺがされて、ラップトップが床に落ちて大きな音がして、三階で寝てた隣人にドアをノックされたりしました。

恋は盲目のおそろしさを身を以てしりました。

心臓の結果は、ただのストレスから来る、不整脈じゃないただの速い鼓動でした。そして、移民局からも、写真撮影と指紋を取りに来いとの通知が来ました。ものすごく不便な所にあるのですが、バスを乗り継いで行こうとしました。しかし、緊張からか、その朝、お腹が痛くなり、時間がなくなってしまい、夫に頭を下げて、車で送ってもらいました。すんごくいやそーな顔で、私はソーリーソーリーと言うしかありませんでした。

しばらくして、許可証が届き、私は二年間、アメリカを離れても、永住権を失効しないことになりました。でも、歯列矯正がもう少しで終わるところだったので、それまでは帰りたくなかったんです。

しかし、あずみちゃんから、ポストに夫宛のプレゼントを私が見つけて、怒り狂い、忍者ハットリくん色のゴミ捨てや地下室で洗濯に行く用の靴のまま、家を出て、カフェで真っ黒いまずいアメリカーノを泣きながら飲んで、泣きながら、怒ったまま、あずみちゃんに長いメールを書きました。

そして、彼女はなんとまあ、日本語の返事を、私宛ではなく、夫宛に返してきました。私が彼女に書いたのがばれ、またボーされ、最悪でした。

夫がしばらく家出した時もあります。

そして、Twitterの垢バレに続き、私がこのままこの家にいたら、自分はイアンカーティスになるかもしれないと脅されました。イアンはジョイディヴイジョンのボーカルで自殺しました。奥さんと不倫していたマネージャーの板挟みになっていたとの噂です。て、ヘイマン、ユーアーノットイアンカーティス!!

私は聞きました。心変わりをしたのはあなたなのに、どうして、私がここを追い出されるの?日本人だからって、住み慣れた家と街を出て、日本に帰れって、おかしくない?と。

すると、私には家賃を払えないから、ここにいる資格がないと言われました。

少し前まで、いつも仕事がんばってお金ありがとうと言うと、NO、これはマイマネーじゃなくて、アワマネーだよと言っていた夫でした。しかし、一番私の痛いところ、働いてないため、マイオウンマネーを持ってない所をグーパンしてきました。これを言われたら、なにも言い返せません。その通りなので。

私こんなに泣き虫だったかなというくらい、いつも冗談みたいに涙がぼろぼろ出て来て、息ができなくなってきて、タオルで顔をこすりすぎて猿みたいになっていました。

と、デルタのホームページに飛んで、とうとう片道切符を購入しました。マイルを使ったので、たったの5ドルで買えました。

11月22日土曜日の便でした。

それからはずっと感情を殺して、私は追い出されているわけではない、自分の意志で帰るんだ。それに永遠にさよならではなく、また戻ってこようと思えばできるんだし、と、言い聞かせました。台所にごめんねと謝りました。カウンターをなでました。台所は私の城で、調理用具に調味料、お皿、全て私の管轄でした。

くまもみんなは連れて帰れず、ほとんど、その時は置いて行く感じでした。

なぜか、夫が泣いていました。そして、当日になると、罪悪感を感じるのか、ここはユアハウスだし、いつでも帰ってこれるしとかほざきました。

私は、ムのまま、車に乗り、チェックインし、夫にゲートまで来られるとやだから、ここでと、シアトルベストコーヒーの前で別れました。一応ハグはしました。

ムのまま、荷物検査をして、アメリカ最後の晩餐として、ウエンディーズのフロスティを食べました。

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涙は一滴も出ず、ムのままで、いいぞ、いいぞと思い、搭乗時間になり、機内に着席しました。ふ〜ここまでが長かったなあ。と、気がゆるんだのでしょう。

いつもなら、今日は土曜日で、フローラでブランチなんかして、ピースケナップクラブの活動、夫、私、ぴーすけと川の字で昼寝する、をして、日曜にはファーマーズマーケットで、ボックチョイやガーリック、ほうれん草、椎茸、ハーフダーズンオブエッグを買って、スリフトストアやダウンタウンに行ったりして、夕方は車でホルフーズに買い物に行く。

そういう、私の日常の風景が走馬灯のように頭を駆け巡りました。ブロードウエイでは、キャピタルヒルでは、いつもの暮らしが続いていて、ビバーチではキャフェキャラメルを誰かが飲んでいて、ボランティアパークでは誰かがジョギングをしている。ヴァリューヴィレッジでは古いお皿を三ドルで誰かが買っている。

そして、昨日までは、その誰かは私だった。

でも、私の日常はもう壊れてしまった。消えてしまった。今すぐ戻りたい。飛行機から降りたい。家に帰りたい。自分のベッド、枕で寝たい。台所で豆腐を焼く毎日に戻りたい。精子が平均の1%しかない夫のために体外受精に、内膜症、子宮筋腫、卵巣囊腫、すべて手術したのに、二年で全身麻酔を4回もしたのに、身体を張って、夫の夢を叶えようと努力したつもりだったのに、なにも伝わらなかった。愛がいくらあっても、恋がなければいやだというのが夫の主張でした。

狭い機内で、心臓は動いてるのに、息が苦しくなって、涙が華厳の滝のようにあふれてきて、水中でもがいてるみたいになりました。ああ、きっとパニック障害の人は、こういう感じになるんだと思いながらも、死にそうなので、安定剤をあわてて飲みました。しかし、この、林間学校の時に買ってもらったタオルで顔を拭いても拭いても涙は止まりません。

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斜め後ろの人に完全にばれるので、本当にやめて、ストッピット!と心で叫んでも、悲しくて悲しくて、35年間、私が悲しみと思っていたものは、悲しみなんて呼べる代物じゃなかったんだと思いました。

震災や火事で家をなくした方たちと比べるのは不謹慎すぎます。第一、私には帰る実家がありましたし。しかし、突然、家を出て行け、出て行かないと死んでやると脅すのは、暴力というか虐待です。夫はとにかく、あずみちゃんと付き合いたかった。彼女の2011年生まれの娘のダディになりたかった。私の姪、同じくその年産まれ、にとってもなつかれていたのに、それじゃ満足できなかった。

英語ペラペラで、バンドをやっていて、海外での評価の方が高く、テキサスのサウスバイサウス?あの、超有名なフェスに出た彼女です。彼女はデザイン、イラスト、ホームページ作り、映像作り、作曲、作詞、歌、ドラム、微妙に下手なのも含みますが、全部やれます。クリエイティブです。そして、どんどんYouTubeにビデオをあげていきます。ヒラヒラしたミニのスカートに生足で踊ってるみたいのから、見返り美人かよみたいなアップの動きをスローモーションで延々撮っただけのもの、ウインクしながら歩く自分を自撮りしてるもの、包丁をマイク代わりに歌ってるもの、とにかく、エロいんです。ちょっとブスなところが、さらに俺でもいけるかもという夢を抱かせるおに十分で、とにかく完璧です。

私は完敗です。まず、子供ができませんでした。いやできましたが、抗がん剤で堕胎しました。クリエイティブなことなにもできません。歌?は?自撮り?は?エロさ?は????

と、安定剤が効いてきて、涙も止まり、その飛行機はあっというまに廃止になった、シアトルー羽田便でガラガラだったので、4人がけシートに横になり、寝ました。

一応、本も持っていて、時々読みました。それがこれです。

f:id:ohmyfukafuka:20170503025356j:plain佐野洋子の「死ぬ気まんまん」です!!

やっと、羽田に着くと、ボロボロでした。なので、元気な娘を演じられないので、絶対迎えに来ないで、お願いだから!と、前日に、ほぼ泣き声で、母親に頼んでおいたのに、なぜか父親がゲートを出た所にいました…当時あった上島珈琲に二回か三回か行ったらしいです。早く着き過ぎて…

京急で帰ろうとする父に、私はもう死にそうだったので、タクシーでお願いしますと言って、タクシーで帰りました。11月なのに、シアトルから来た私には湿気が猛烈に暑く、汗だらだらです。

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実家に着き、私に用意されていた夕飯は、まさかのセブンののり弁でした。

シャワーを浴び、さっぱりし、ほうほうの体で自分の部屋に行くと、布団が敷いてありました。倒れ込んで寝ました。

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この日のつらさを思えば、今のあほみたいな悩みがあほにしか思えませんし、この日よりは絶対明日は素晴らしい日に決まっています。

勇気と希望が持てます。

ふ〜、三時だけど、エリーゼ食べちゃおうっと♥︎

うめえ〜!ブルボンロックス〜!!