あれは夢だったんだ

PSY・ Sの歌が、アップルミュージックにいっぱいある!

ファジイな痛み、lemonの勇気、薔薇とノンフィクション、電気とミント。タイトルが素晴らしいですね。バボーの時代の香りと、イッツアソニー、エピックバリバリで大好きでした。

一番好きなのは、風が恋愛小説のページをめくってしまう、青空は天気雨でしょうか。確か、これは江國香織きらきらひかるが映画化された時の主題歌でした。確か。

今でも、バリバリオッケーだと思いますが、再評価ブームが起きません。大変失礼なことを言いますけど、チャカさんが天童よ しみに似てることと関係は多少はあるのでしょうか。もし、これがノッコみたいな女の子が歌っていたら、今は違っていたのだろうか…考えてしまいます。

同じく、エピックの◯人の血、猛烈に大好きだったバンドですけど、Tさんは、ペネロー◯を辞めたあと、どうやら、ただの無職?ひも?頭のおかしい人?みたいになってしまったようで、大ショックです。2000年に彼は、自腹でミニアルバムを出しました。お金の払い方が、彼の口座、板橋なんとか店に直接振り込むやり方で、夢もロマンもなくて、悲しかったです。

それを聴いて悟りました。彼は歌はすごく素敵なんですけど、そういえば、楽器を弾いていなかった。そして、作曲はゼンタローさんでした。あの魔法みたいなポップソングを生み出していたのは彼だったんですね。同じ頃、彼は、ソニーから、アタミという名前で、ゲストボーカルを迎えた、派手な宣伝付きのアルバムを出しました。ビーチェや羽鳥さんやチャラやボニーさんやひとみ、キリンジ七尾旅人などが参加していました。超豪華でした。

しかし、その彼も、このごろは音沙汰を聞きません。

と、Tさん。私、新宿リキッドにポラリスのライブに行く前に寄った紀伊國屋で、T家族を目撃しました。彼は、トレードマークのソバージュを一本に束ねていて、服装が、ナイキだかアディダスのシャカシャカいうジャージの上下を着ていました…イージーで私が生で観た彼は、70年代、ヒッピーイエー!みたいなパンタロンに、派手な柄のテロテロ素材のシャツを着ていて、かっこよかったんです…それが体育教師みたいな姿で、大ショックでした。娘さんの名前が、お菓子の名前なんです。で、彼は、小学3年生くらいの女の子をその名前で呼んでいたので、100%彼でした。奥様もいました。想像と違い、地味な人でした。

その後、彼のホームページは前世紀末に作ったであろうもののままで、ブログ代わりに、BBSを使うというびっくり技を使っていました。ちなみに、他に投稿している人はほとんどいませんでした。

彼のツイッターも見ていました。しゃれにならないほど、どぎつい下ネタに、プロフィールには「音楽家」とありました。そして、いつも作曲やギターの練習をしたり、娘を従え、小さい箱でライブ的な何かはしているようでした。上から目線で、うんちくばっかり。専門学校の講師の話があったけど、俺には向かないとすぐやめたかなんかしたとか、今世紀に働いている形跡がまったくありません。音楽家とありますが、新曲もCDも17年間出ていません。

そして、震災が起きてから、彼は完全にあっちの人になってしまったようで、政治の話ばかり、あべべの悪口ばかり、デモがどうとか、そういう、レフトハンド一直線のおかしな人みたいになってしまいました。

◯人の血、再結成すると一度発表されましたが、Tさんでも、ゼンタローでもない人が、発展途上国にボランティアに行くとかで、その話は流れてしまったようです。。

以前、Twitterで、その相棒だった、ゼンタローさん、アタミの曲のYouTubeのリンクを貼ったことがありました。すると、翌日、私は、Tさんにまさかのフォローをされていたのです…

自分の名前、昔のバンドの名前以外にも、バンドメイトの名前までエゴサしてるんだ…と私は背筋が寒くなり、フォローバックはできませんでした。

中学生の頃は、ほんとーに好きだったんです。彼は、イージーの司会もしていて、デビュー前のユキにセクハラ、モラハラ的な発言もばんばんしていました。パンツの色を聞いたり、もう一人の司会の馬淵さんと俺、付き合うならどっちがいい?と聞いたりしていました。

「シャボン玉」は大名曲です。その他も素晴らしい歌ばかりです。それを思うと、私は胸が痛く、悲しいです。

追記、すいません。プロフィール、音楽家からミュージシャンに変わっていました…

て、ねえ?あなたただの元ミュージシャンっていうか、楽器できなかったんだから、ただの元シンガーじゃないの?政治に物申したいなら、政治家になればいいじゃない。私の思い出、壊す資格、あなたにすらないわよ〜!!

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