綿 in a stuffed brooch

おちょぼ口 

つゆだくの孤独

今日は、なんとまあ、身体が動けるようになっていました。昨日もドキドキしながら寝たのですが、よ、よ、よかった。

そして、今日はカツ丼を食べないと逮捕される日なのか、カツ丼の勢いがすごかったです。着てたトレーナーにカツ丼の匂いがついてしまったほどです。なので、5月15日はカツ丼記念日です!

昨日、久しぶりに、人間として、目と目を見て、ほっぺも触り、感情の交換をしたことが大きかったのかもしれません。

私のことを好きな人、私と別れるのが悲しい人、私に感謝の気持ちを持っている人が世の中にいるということを、彼女の涙の前には、さすがの私も否定できませんでした。

家族だから、当たり前じゃん、馬鹿じゃないのwって思われるかもしれませんが、ずっと、心が閉じていて、認知のゆがみのせいか、ネットのせいか、世界中の人たちはみんな私を嫌いなんだ妄想にとらわれている私には、それすら、目から鱗大事件でした。

お医者さんに止められていることは、市販の頭痛薬を飲むことと、インターネットです。でも、どっちも破りまくっています。だって、それ、みんなしてることじゃん。普通に楽勝でみんなしてることなのに、どうして、私は失敗するんだろう。がんばって、やれるようにならなくちゃ。ヘイと言っただけで、ブロックされないような人にならなくちゃと、思ってしまいます。

10代みたいに、幼稚な考えだなって思うんですけど、その普通の人たちが普通にできることが自分はうまくできないというのが、子供の頃からの悩みなので、上手い具合にコンプレックスを刺激されて、脳みそがそういう風に捉えてしまいます。

10代の頃、数える程の友人たち以外の、友達のこと、好きなんて思ったことがなく、付き合うのが苦痛でしかありませんでした。しかし、友達100人できるかな、という歌があるように、友達は多ければ多い程、それはいいことで、世間から合格の烙印を押してもらえる。この人は、大丈夫な人、明るい人、人徳のある人、立派な人と、みんなから思ってもらえます。

20代になっても続いていた、高校一年のクラスメイトだった2人とは、月一くらいで会っていました。2人は、私とはまったく違うタイプで、まず頭がよく、礼儀正しく、優しく、感情に浮き沈みがなく、落ち着いていました。個性があんまりないといえばそうです。2人共、音楽を生きるために聴いたことがないどころか、音楽を聴く習慣すらないようでした。

2人が、順調に大人に成長していく中、私は大学を登校拒否になり、中退せざるをえなくなりました。就職する年齢になっても、もちろんしませんでした。家が、自営業だと、中途半端に手伝えることができてしまうので、そこに逃げることは容易です。

だんだん、立派な2人に会うのが恐怖になっていき、会う前に家で泣いたりするようになってしまいました。会ってる間は、私のハイテンションと馬鹿話で、ノリノリでゲラゲラ笑って楽しいのですが、家に帰ると、とてもへとへとで、お風呂に入って、また泣くというのがパターン化してきました。

そして、次の日は、全エネルギーがなくなり、寝たきりになります。

他の友人と会っていた時は、会ってる最中につらくなり過ぎて、そこはフライデーズでしたが、お手洗いに行って、泣きました。いつもいつも、自分を友人と比較してしまい、恥ずかしくて、みっともなくて、ばかすぎて、何も持っていなくて、なんで私生きてるんだろう、生まれてきたのはエラーだったんじゃないかなって気持ちが、どうしても堪えられませんでした。

そして、夫と出会って、彼が親友みたいな存在になったので、もう、そんなにつらいなら、普通じゃなくても、人々に、世間に、合格の烙印を押してもらえなくても、友達なんていらない、もうそれでいいと決心をして、今に至ります。新しい友達はもう無理だからと決めたのでした。シアトルで、英会話教室に通っていたときは、それなりにお友達っぽく振る舞ったりしました。でも、私と仲良くなりたいと思ってくれてるっぽい人と出会っても、私はかたくなでした。

アメリカのどの街にも、在米日本人の会的みたいなのはあると思いますが、死んでも参加するかよと思っていました。狭い世界なので、すっごくきついと小耳に挟んだこともあって、街で日本人を見かけると、走って逃げるくらいの感じで暮らしていました。それに、外国にいるのに、同郷の人とつるんでるの反則じゃない?意味なくない?外国に住むということは、自分が部外者で、世界には、自分の知らないルールとマナーがあり、自分の知っているそれらがまったく通じないということを学ぶ機会でもあります。

なので、私は、バスやカフェで、たまーに、二十歳くらいの若くてお金持ちのキッズであろう日本人たちが、大きな声で、日本語でおしゃべりしてるのを聞くたび、NO!!と心で叫んでいました。私たちはここではマイノリティなんだ。外国語の響きは、異端にしか聞こえない。それはアメリカ人には不快なものなんだ。だから、もっと!声を!小さく!

留学したての子たちは、自分の状況に舞い上がってるので、きっと日本ではそんなはしゃいでないのでしょうが、人の国だからいいかと思うのか、何を見てもきゃー!何を食べてもきゃー!とにかくうるさいです…

と、7年、外国にいて、友達0人を貫いたのはロックだと思います。

夫の同僚など、知り合いはまあまあいて、向こうで結婚式に4回くらいは出ています。でも、別に彼らが私の友達だったわけではないです。

ただ、予想もしなかったこと、親友ゴーン事件が起こり、今はひとりぼっちになってしまいました。すると、やっぱり、普通にお友達がいる人たちを、うらやましいような気持ちで見つめてしまい、自分が本当は寂しいのも透けて見えてきて、孤独感がつゆだくです…

…でも、あたい…絶対負けない。紅ショウガくらい赤くピリっとして乗り切ってやる。

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