綿 in a stuffed brooch

おちょぼ口 

捧げます、この歌を

言葉を操り、お金を得て、生きている人が、言葉の持つ力、魔力を知らなかったとは思えません。それをわかっていて、私を懲らしめるために、傷つけるために、私がいかにその人に迷惑をかけたかを知らせ、反省させるために、私が「間違ってる」ことを教えてやるために、その発言をした。

発言の内容よりも、そっちの「故意」の方に、私は傷つきました。

内容は当たっています。私の振る舞いが失礼だったんです。怒られて、嫌がられて当たり前です。でも、そんなに大きな「悪意」を持って、たくさんの観衆の前で、私に恥をかかせたかった。私をぶちのめしたかった。なんなら、殺したかったのかもしれません。

私は「馬鹿」だっただけで、その人に「悪意(そして、変な好意も)」なんてなかったので、びっくりしました。本当に自分は阿呆で愚鈍なんだなと思いました。

毎日、忘れよう忘れよう、あれは「悪意」なんかじゃない、逆に「親切」だったんだと、何度も何度も自分に言い聞かせ、うまく落としどころを、まるく丸まるように努力していますが、一度深く心に刺さった言葉の刃が作った傷は、バンドエイドをしてもすぐ真っ赤になって、いつにたっても、血が止まりません。外科で縫ってもらおうと、ヘルプを求めに行ったら、新しい薬を飲むことと、一種類の薬の増量という形でしか縫えないと言われました。

その人の思うつぼです。私はスーパーメンヘラへの道を邁進しています。

薬を増やすなんて、最低です。私は、減らしたい。いつだって減らして、この地獄の鬱世界から足を洗いたいのに、増えちゃったら、また健康が遠ざかってしまう。もうそんなに若くないのに、ずっとこんな謎の微熱や、握力ゼロでベッドでバタ足したのち、布団につかまって床に転げ落ちて、脱出成功グッドモーニン!の暮らしを続けなくちゃいけないなんて、超焦りますし、未来に絶望しか感じません。

自分が感じない人だからって、他人も感じない人なわけじゃない。自分が冷たい人だからって、他人も冷たい人なわけじゃない。自分が強いからって、他人も強いわけじゃない。

そんな、簡単なことも察することができないなんて、信じられません。それなのに、自分は察することのできる人と思っているらしいこと、もっと信じられません。

いっつも、高飛車な態度で、この人なんなんだろう…心はないのかな、隙はないのかなと、逆に興味津々で、Twitterを拝見させてもらっていました。

人に謝ることとかしたことないんだろうなあ。。自分が間違ってるなんて一ミリも思ったことのない人生なんだろうなあ。。男はつらいよ、なんて、死んでも観なそう。。

人情も愛情も優しさも暖かさもない世界に住むのって、楽しいのかな。私はださくてもまぬけでも、こっちの世界で生きて行きたいです。

私は、江戸っ子で、東京生まれのシティーパーソンです。だから知っています。ピチカートファイブやシティポップが描くような、東京の街は虚像で、実際は全然違うことを。もちろん、東京になんて憧れたことないです。憧れるほどの、何かがある街じゃないからです。やけに気合いの入ったオシャレをしてる人、マイスタイル、マイルールが厳しい人ほど、地方から来た人たちです。彼らは闘っているんでしょう、虚像の東京の中のおしゃれな人たちと。

でも、ほんとの東京人は、服はアトレかマルイです。ここに住んでいるだけで、自分の格が上がったり、素敵になれたりなんてしません。

ただの、人の多い街です。田舎から出て来た鼻息の荒い人たちに、兎を追う場所を取られていくのを、私たちはただ唇を噛みしめて、黙って見ているだけです。

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10年前くらいによく聴いていた、世にも美しい、大好きな歌です。メランコリーイエー!