綿 in a stuffed brooch

おちょぼ口 

アメリカのマイ家族について

今朝は、ショックな具体的な知らせと、夫の見果てぬ夢を聞いて、頭がこんがりましたが、そういえば、小姑Aの息子、ルーカスの写真も送られてきて、それにも驚き桃の木山椒の木でした。14歳でしょうか。もう背が高く、骨格も大人の男のようでした。イーサンもバリバリたくましくなってましたが、最初に会ったとき、彼はまだ4歳でした。

アメリカに友達はいませんでしたが、家族はいました。ただ、それはシアトルにではなく、夫の故郷、ノースキャロライナのアシュビルという町にです。ここは、ノースキャロライナで一番大きい都市のシャーロットから、車で3時間くらいの、小さいけれど、文化もあって、老人たちがリタイアしたら住みたい町ベスト10的なランキングに入るようないいところです。

オバマ元大統領や村上春樹!も泊まったことのある、お城のようなすごいホテルがあり、あのムーグの発祥の地でもあります。アメリカ一広いお屋敷もあり、そこが観光スポットです。そこはお屋敷というか、ほぼお城で、中を見学するのに一時間近くかかるすごい所です…室内ボーリング場、プール、ビリヤード場…個人的感想としては、絶対、こんなとこには住みたくないでした…

f:id:ohmyfukafuka:20170521232644j:plain

↑これはホテルです。お屋敷の写真は撮影禁止でした。

夫の実家は、決して山の中なわけではなく、ダウンタウンから20分歩くくらいの、どちらかというと町側です。ヒストリカルエリアと言って、その辺りの家々はすべて、築100年以上で、改装したり、屋根の修理をする際には、いちいち市役所に報告をして許可を得ないといけないのです。

家よりも、庭とうか、芝生の面積が3倍、いや4倍、5倍と広く、玄関のポーチには、外用ソファがあり、そこに座って、姑、渾身の作のお庭を長め、アメリカの風鈴的なチャイムの音を聞いていると、頭がぼーっとしてきて、ここは天国かよ…この国に、戦争で勝てると思った、マイ国って一体…と思ってしまいます。

3人の義姉(上2人は舅と前の奥さんの子、下は姑と前の旦那さんの子)、そして、夫を筆頭に、弟1、弟2と続きます。大家族です。

その子供が、1、3、2、そして、弟2の奥さんの連れ子もいるので、キッズは合計7人で、居間はいつも保育園みたいでした。

3の中の2番目の女の子、オリビアが一番私になつき、初めて会った時は、彼女も3歳で言葉が達者じゃなかったので、英会話が下手な私でも、楽に仲良くなれました。3歳児とは、国境の壁はないです。

ただ、毎年行く度に、大きくなっていき、だんだん英会話力があっというまに私の1000倍になりました。そして、何言ってるのかわからないよなんて言われるようになってきてせつなかったです。

最後に会った時は、10歳でした。3年前でした。3の中の1番目のイーサンはもう13歳になっていて、声変わりをしていて、おお!と思ったのですが、ルーカスは11歳で、まだぎりぎり子供でした。

小姑Bは、高校の同級生と二十歳くらいで結婚し、若い年齢でイーサンを産み、旦那さんのネイトは親が超金持ちで、おじさんの遺産がごろっと入ってきたので、山をまるごと1個買い、敷地に、やぎやにわとりを買っていました。そして、公園にあるような、ブランコまるごとと、アスレチックにある、ロープにつかまって、レールの上をターザンのように、あ〜ああ〜!とできるやつもありました。

f:id:ohmyfukafuka:20170521234434j:plain

見えてる所、全てが彼らの持ち物でした。

f:id:ohmyfukafuka:20170522001103j:plain

驚きが隠しきれませんでした…

f:id:ohmyfukafuka:20170522001234j:plain

葉っぱ食べました。

f:id:ohmyfukafuka:20170522001307j:plain

妖精になれと言われました。

 

f:id:ohmyfukafuka:20170522001504j:plain

やはり、驚きが隠せませんでした。家に…こんなブランコあるなんてあり?

これは、確か20代最後の日か、30歳の誕生日だったと思います。

f:id:ohmyfukafuka:20170522001637j:plain

マイバースデーケーキをカットしている舅です。

f:id:ohmyfukafuka:20170522001701j:plain

お祝いしてくれた皆さんです。

f:id:ohmyfukafuka:20170522002008j:plain

夫の実家では、ケーキはアイスと共に食べるのがマナーです。

f:id:ohmyfukafuka:20170522002104j:plain

次の日、小姑Cの2ヶ月の赤ちゃんに会いに行きました。笑ってくれていました!

く…ちょっと泣いています。私はなんて幸せに30歳を迎えたのだろう。みんな、こんな異邦人の、それも黄色い女をかわいがってくれ、優しくしてくれました。

でも、夫があずみちゃんにラブずっきゅんになったため、私と彼らの関係はあるのかないのか、微妙になってしまいました…

姑は、もし離婚になっても、ユミコは私たちのファミリーだから、ずっと、と言ってくれました。でも、まだ冷静になれず、怒り狂っていた私に、その言葉はあまり意味はなく、むなしく響いただけでした。

恵まれていたのに、幸せだったのに、感謝なんてしなくて、いつも不平不満に愚痴ばっかりでした。

まあ、今の状況は当然の報いでしょう。