アメリカは僕の敵じゃない、シアトルでも偉人のコーネリアス

コーネリアスの11年振り第2弾のレコードを聴きました。

1枚目の衝撃と恍惚に比べると、普通でした。A面より、B面の方が好きでした。私には、A面が「悪くない、この感じ」で、B面が「すごくいい、この感じ」に聴こえました。おそらく、坂本さんの書くシンプルな歌詞を、小山田くんが歌う方式が画期的で素晴らしいんだと思います。

彼だったら、あんなにストレートな言葉を照れずに紡ぐことできるかわからないですものね。

と、何年か前に、彼はリトルクリーチャーズの「ナイトピープル」をカバーしていて、こっそり、でも、思いっきり歌っているのですが、その雰囲気は「あなたが、いるなら」に近いです。

彼は、なんで、メタファイブではリードボーカル取らなかったんだろう。ソロに取っておいたのかな。

オヤマーダとオザーワ、どっちも女子ファンがいっぱいいると思うんですけど、オザーワのファンは、音楽より、彼自身が、彼のルックスが、彼の顔が好きみたいな、元オリーブ少女の支持が根強いイメージです。しょうがないですね、90年代に、ご自身が蒔いた種なので。どっかの誰かにとっては、彼はミュージシャンではなく、アイドルなんです。

あとは、彼の歌詞が生む世界観が丸ごと好きって男子や女子たちは、狂信的&盲目的で、ファン、というより、信者、という雰囲気が強いですよね。わかります。私がフィッシュマンズに抱いてるような”感じ”なんだと思います。オザーワから「救われる」んだと思います。昔々、ロッキンオンジャパン、彼が表紙だった号に「ぼくは救われたかったんだ」的な見出しが入り、彼は、とっても怒ってましたよね。でも、今では「ぼくは救っている」方です。

オヤマーダは、逆に、アイドルや教祖になるのが嫌で、音の方面に凝り始めました。歌詞も、意味やメッセージがあるというより、音に合わせて、言葉を当てはめていくような、まるで、コトバ遊びをしている感じで、誰かの、すっごく大きな精神的支柱になるようなものじゃありませんでした。彼がそうなりたくなかったからだと思います。

オザーワは、有機的で、オヤマーダは、無機質でした。

そして、オザーワは日本からいなくなって、オヤマーダは、海外で人気を獲得していきました。

10年前、シアトルにも彼は来て、東京じゃありえないような、小さめの場所(小さ”め”だっただけで、小さかったわけではないです)で、ショーをしてくれました。ちゃんと、テルミンコーナーがあり、おお、これが噂のあれか!と感激しました。あれ、日本人だと恥ずかしがって、ステージに上りたがらないと思うんですけど、アメリカの人は、ちょっと照れつつも、うれしい気持ちが勝って、ラッキー!みたいな感じ満々でした。

去年に向こうに戻った時、ファンタズマのアナログがちょうど出て、近所のレコード屋さん(グランジロックが生まれた場所の真ん中にある、カートコバーンのおばけがうろうろしてそうな地域)に、彼のそれは、ばばーんと売っていました、目立つ所に。

 

 

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これは、本当にものすごくすごいことです。アジア人は向こうで闘うのつらいんです。なかなか認めてもらえないんです。でも、彼は音楽の力で、歌詞は普通に日本語なのに、白い人たちの中で、場所を得ている。

もはや、米国音楽歴史上の偉人のレベルです。

オザーワはニューヨークに住み、奥さんがアメリカ人なので、グリーンカードも持ち、英語も、桜新町在住のオヤマーダよりも、100倍はぺらぺらでしょう。でも、アメリカでは、彼のこと、彼の音楽のことは、誰も知らず、人気は、オヤマーダの方が100倍あります。

不思議ですよね。どっちもどっちで、天才で、オザーワだって、日本音楽歴史上の偉人です。でも、それぞれ、ニーズとファン層と場所が違ってるのは興味深いです。

 

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アルバム、楽しみでおじゃります。

 

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