綿 in a stuffed brooch

おちょぼ口 

グーグーガンモともやしの二足のわらじ

祭りが終わった。

そして、残るは罪悪感と自責の念。(ん?意味ほぼ同じですかね…)

祭り中は、焦燥感と疎外感。終われば、それらに苛まれる。

私って、私って、なんだろう…

ワッショイワッショイ、オーエスオーエスな世界に興味がまったくない自分、その中に入りたくない自分。うーん…よくないんじゃないかのう…

だって、生きるってことは、社会に出るってことは、その世界の中でしか、起きないことだからです。人間としてやっていくには、やっぱり、他人とワッショイ、好きな人とも、そうでない人とも、嫌いな人とも、御神輿担げないとだめですよね。

この社交術、10代の頃はあったんだけどな…

あり過ぎて、御神輿の上のあの黄金色のニワトリみたいになってた時もあったんだけどな…

私は声と喋り方が変わっている上に、オーバーアクションなので、私が何かを喋るだけで、みんな大爆笑みたいなシーンが数えきれないくらいありました。まだ、何も内容言ってないのに、なぜか、みんな笑っている。いやされる〜ほのぼのする〜一家に一台欲しい〜などと、今でいうゆるキャラのような扱いをされていました。

私は、本来の姿はネクラチャンピオンなので、そんな人間が、ほのぼのする人と、人を欺くには、どれだけの私の努力があったのか、想像してみてください!!

「怒ったことある?」って100回くらい聞かれたことあります。

こんなに、短気なのにですよ??

でもまあ、そのグーグーガンモさにだいぶ救われてたのは事実です。この声、大嫌いなんですけど、これがなければ、なかなか、10代女子の厳しいソサイアティーを渡り歩くことはできなかったでしょう。

プライド高い人には、難しいと思います。だって、口真似、声真似を500000000回くらいされるんですよ?

4月がとくに煩わしいんです。クラスが代わり、初めましての人に囲まれるので。

自己紹介の時に「野菜に例えるともやしです」と言ったら、大受けで、特に、カーストの上の男子たち、サッカー部にファインに登場する人、パチンコ屋の息子、みーんな、日焼けしていて、背が高く、ズボンを下げた、イケメンたちに、私はしばらく気に入られ「もやぴー」などという、不本意なあだ名をつけられ、卒業まで、男子たちからはそう呼ばれました…

さっき、今世紀になり初めて、そう呼ばれて、自分がもやしなことを思い出しました。

もやし…あんなに袋に入ってても、50円もしなかったりしますよね…一本だったらいくらの計算になるんだろう…

私の価値って…◯銭くらいかな…江戸時代かな…は、ははははは。