アメリカに留学している人、住んでいる人のブログやTwitterは極力見ないようにしています。大人になってから、それをする人は、日本でちゃんとキャリアを積んでバリバリ働き、貯金をたんと持って、日本を出た人たちでしょう。

一方の、二十歳くらいの子たちも、親がとってもお金持ちで、ふわふわとしています。

たまに、見ると、死にたくなるので、本当に見ちゃだめです。

夫は、しばらくワシントン大学という、ワシントン州で一番頭のいい公立の大学の看護師科で働いていました。SEとしてですが。よくお昼にカフェテリアや隣接する病院の食道でお昼を食べました。いる人たちの頭のよさはもうチョモランマです。そして、みなアメリカ人なので英語はぺらぺら、留学生も、医学部に入るには、まずの大学を卒業してからじゃないと入れないので、まあ英語は喋れます。

すると…なんの夢も目標も野心もなく、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと、予想外に、突然アメリカに暮らすことになった私は、ポカーンですよ。特にペラペラになりたいとか、大学出たいとか、資格が欲しいとか、まったくないわけですから。

ただ、夫と一緒にいる手段が、それしかなかった。それだけでした。

一応、プライベートの英会話スクールにはしばらく通いました。あまり意味なかったです。

語学は、性格が物を言います。私のように、すぐ落ち込んで、おどおど、うじうじ、もじもじ、自信がなくて恥ずかしがり屋には、一生かけても、ペラペラになんてなれません。何年いても、ある日、魔法のようにすべてがわかるなどいうことは起きません。

ただ、夫とだけは、コミュニケーションはちゃんと取れていました。それは、わからないことを言われたら、すぐに、今なんて言った?もう一回言って?と言えたからだと思います。そして、もう一回言われてもわからないときは、わかる言い回しに替えて言ってくんない?と、言えたからです。

人見知りの私には、夫以外の人にそれができませんでした。失礼なような気がして。そして、英会話力は、おそろしいほど、横一直線で、まあ、いわゆる落ちこぼれです。

歩いて、五分のところに、名門の私立の音楽学校がありました。自分に縁があるとか、入ろうなんて、露とも思いませんでした。私はただの外人でしたから。

ということで、アメリカにいる日本人、私みたいなタイプはすごく珍しいです。野心も夢もゼロなわけですから。家族には、蒲田に引っ越したくらいに思っといてといつも言っていました。

外国に住むことが、自分のレベルをあげるわけじゃない。自分の性格を変えるわけじゃないというのは、住んですぐにわかりました。なので、私は、外国暮らししていた自分にドヤっとした思いはないですし、プロフィール的なものにも、シアトルに7年在住☆なんて、みっともなくて書けません。。

なので、ちょっと何ヶ月か、グリーンカードも持ってるわけでもないのに、「アメリカは〜」「アメリカでは〜」と、かっちょつけてられる人たちがうらやましいです。

そんな、一、二年、留学生として、住んでも、アメリカの何がわかるっていうんでしょう。正直わかりませんよ。

なので、私はシアトルとアシュビル以外のことは何も知りません。

あと、大人の大事な時に、ずっと日本にいなかたため、日本の大人としてのマナーとルールを学びそこねて、恥だなと思っています。