皿洗ったでござる。フツーでした。熱はビミョーでした。

熱が出るのは、この皿洗いがいやで、出るのかな。鬱病だから、ちょっとのことが大きなストレスとなって、脳みそが勘違いしちゃうんだろう。それで、身体に間違った指令を出して、どこにも敵なんていないのに、熱なんか出ちゃって。私の細胞たちはなにと闘ってるだろう。風邪菌もいないよ。…ばかみたい。不毛過ぎる。そこ、病気になる必要ないとこだよ。でも、脳みそがエラー起こしてるから…

カルピスレアチーズケーキがすごくおいしかった。昔、友達のお母さんがタッパーウエアで作ってくれた、懐かしいヨーグルトケーキの味だった。あのリング型のやつ。

うちの、モバゲーおばさんは、手づくりお菓子なんて素敵なものを子供に作る発想はほぼゼロでした。何度か、ホットケーキミックスでやってくれましたけど、半生でした…自分を犠牲にして、他人に何かをしようとする気がないんですね。たとえそれが実の子供にも。お金出して、買ってきてって言うタイプです。

別に意地悪とか、毒親とかじゃないですよ。期待もされてなかったですし、こうなれ、ああなれとも言われませんでした。門限もないし、勉強しろとも、これ食べろ、あれ食べるなも言われませんでした。そうです、興味がなかったんです。なんでもよかったんです。

良く言えば、放任主義、悪く言えば、ネグレクトかな…

でも、欲しい物はだいたい日曜日に阪急や横浜の高島屋にそごうで買ってくれました。なので、今でもたくさんのサンリオの小物、昔の少女漫画に本があるわけです。

今思うと、すごすぎると思うのは、子供なので、レストランで、クリームソーダやオレンジジュースを頼みたいじゃないですか。いいって言うんです。で、普通の親は、でも、最初にご飯食べてからよって言うと思うんですけど、うちは、それを先に持ってきてもらっちゃって、ご飯の前に私と妹は、もうアイスをしゃくって食べてました。

父は、その頃、というか、私が生まれた時にはすでにパンチパーマで、アル中でした。毎晩、たぬきという名の飲み屋に入り浸っていました。日曜に家族四人で出かけるなんてあまりなく、彼は、男友達とつるんで、競馬、競艇、麻雀などに勤しんでいました。

かと思うと、突然、ママチャリに私と妹を乗せて、東京タワーまで行ったりしました。母には内緒で、走ってたら、ひらめいたんでしょう。このまま、行ってみようと。私はその時、実演販売していた、平べったいおまんじゅう、東京タワーの絵の刻印の入った、白あん入りのほかほかしたものを食べました。人生初めての白あんで、うむ…黒いあんこの方が好きでおじゃる…と思ったものでした。

商店の子供たちは、自然と不良キッズになるものの、なぜか、うちは、ものすごく真面目な姉妹になってしまい、意味がわかりません。親にほったらかされてるのが基本の自営業の子供たちは、悪さはし放題です。夜も出かけられるし、お酒にたばこ。

しかし、私たちは、商店街一くらい、人見知りのおとなしい姉妹になってしまいました。わけわからない…2人共、たばこを口につけたこともないくらいの感じです。

私は、家の中で、漫画や小説を書いたり、漫画や小説を読んでいました。妹はドラえもんが好きで、いつもテレビで見ていました。

私もドラえもんは生理的に大好きですねえ。マイ青いくまもどことなくドラえもんに似てるので、いつも一緒にいると安心するんでしょう。押し入れで寝ているとか、どら焼きが好きとか、みーちゃんにホの字とか、たぬきと呼ばれると怒るとか、も〜!!かわいい〜!!

そして、おそるべし遺伝よ…!先輩こと、妹の娘もドラえもんが大好きな子になりました。

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