幸福な国、幸福じゃない国,同じ場所

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きれいな文章。あまい内容。

 

愛してる女の人に愛されてる男にしか書けない文章。眠る子供の寝息と寝顔。内緒だよ、真夜中の乾杯。

 

孤独の匂いのしない夜。一人から、二人、そして、三人へと、ぼくたちの単位は大きくなっていく。家族を、家族を作る、ぼくたちの王国。三人だけの魔法の国。

 

同じ匂いの柔軟剤、三人から、おそろいで匂う。ああ、つかれたと、家に着き、手をかけるドアノブは、同じ形。鍵の形も完璧に同じ。

 

電気を点けて、今日も始めよう、ぼくたちの家族団らんを。

 

きっかけなんて、もう忘れたよ。きみが、どうやってぼくに辿り着いたかなんて、もう興味ないんだ。ぼくは、きみが、ぼくの隣で笑ってくれれば、それでいいんだ。

 

きみの麦わら帽子が風に飛ばされたら、ぼくは空を飛んで取りに行くし、そのめがねが割れたら、ゾフまで走るよ。

 

ぼくは、きみを愛してるんだ。

 

 

☆☆☆

 

妻として失格し、結婚に破れた私は、自分の王国を出るはめになったので、彼が、彼らが猛烈にうらやましかった。すてきだなって、ずっとずっと思ってた。ほんとうは、彼らがどんな人たちか知らないし、ただ、幾万という幸せな家族から、私に無作為に選ばれた人たちなだけかもしれない。でも、幸福ってきれいだな。愛ってとうといな。って、いつもいつも、ほぞを噛んで思ってた。

 

素敵な彼は、素敵な彼女と、素敵な子供を作って、素敵な仕事をし、素敵な町で、素敵な家で、素敵な洋服を着て、素敵な食べ物を食べて、暮らしている。

 

たくさんの、きらびやかなサブカルチャーに囲まれた、夢みたいなお城。

 

壁一面には虹が何個もでき、空のブルーを透かすピンクのステンドグラス、そして薄むらさきのライラック。いつだって、もこもこしたくまたちが、私たちの枕の上で寝ていて、私たちは、いや、私は、それは何かの象徴だと信じて疑っていなかった。

 

私は、私たちは幸せなんだと、思っていた。勘違いだったなんて、間違いだったなんて、知らなかった。知らなかったの。

 

だから、それを知らされたとき、信じるのにはずいぶんと骨を折ったし、時間もかけた。

 

自分のためにお菓子を買う妻なんていらない。女にはエロくあって欲しいとか、もっとミニスカートやショートパンツを履いて欲しかった、素足でいて欲しかったって、泣いて言われた。私は、彼の夢を叶えるために、赤ちゃんを作るのに一生懸命だったから、タイツに腹巻き、スパッツにハイソックス、夏でも履いてた。

 

人生で一番好きになった女が彼女だと言う。そうなんだったら、私と結婚しなければよかったのに。ミニスカートに素足の彼女が、簡単に妊娠したから、私ができないことが歯がゆかったんだろう。でも、私は彼女じゃないから、それはしょうがなくて、責められても、泣くしかなくて、途方に暮れた。でも、私のことをもう愛してない男は、愛してない女の涙になぞ興味はなく、私はくまの小さい胸を借りなくてはいけなくなった。

 

空港で、私は、ギロチンに向かうマリーアントワネットみたいに、気高くいなくてはいけないと思った。夫の前では泣かなかった。これが、どういう意味なのかなんて、おそろしいことはいっさい考えず、感情を殺して、殺して、殺しきった。

 

アメリカでの最後の晩餐は、フロスティーだった。無表情で、おいしいなと思って、食べた。くまたちにも味見をさせて、写真を撮り、インスタに載せた。

 

飛行機に搭乗して、自分の席に座って、デルタの真っ赤なブランケットを広げて、ああ、つかれた、やっと終わった、と思った。そしたら、目から、滝のように涙があふれてきて、息ができなくなった。まわりに気付かれるから、止まって欲しいのに、それは、目からだらだらだらだらと、腕を深く切って、自然と出続ける血のように、タオルで、きつく抑えても抑えても、止まらなかった。

 

ウケる。私、35年生きてきて「悲しみ」を知らなかったんだ。いままで、それと思っていた感情は、それじゃなかった。私は恵まれていて、悲しくなってなったことなかったんだ。そのくらい、壮絶な悲しさだった。あんなに、純度の高い悲しみに、この先出会う可能性は、どのくらいあるのかわからない。親が亡くなったときだろうか。

 

帰国しても、私はマリーアントワネットじゃないから、殺してもらえなかった。生きるほかなかった。毎日、歯をくいしばって、楽しい事、美しい事、面白い事を、狩りに行った。自分は、みじめでも、あわれでも、かわいそうでもないんだ。私は、私は、私は、わたしは

 

別に産まれちゃいけなかった人間でも、生きてちゃいけない人間でもないんだって、思おうと、思おうと、いや、思いたかった。

 

家族や友達の前で、私はすごく明るいから、みんないい方に驚いた。あんた、元気じゃないと。私は、笑った。そりゃそうだよ。明るくしてるから、明るいんだもの。私の中がどんなになってるかなんて、死んでも見せないよ。それは親不孝だし、私が元気じゃないと、親は泣くもの。

 

たびたび、魔が差す夜に、彼女のバンドのビデオをYouTubeで見まくって、床に臥せって泣いた。この女のために、私のルクルーゼは主を失い泣いている。絶対に許せない。私の日常が、彼女に全部持っていかれた。住み慣れた町と、住み慣れた家と、私の形にへこんだベッド、私の頭の形にへこんだ枕。私の居場所。あの大きな栗の木。そして、ライラック

 

何の罰なんだろう。何度も考えた。おそらく、女の子として産まれてきたのに、ぶすだから、性格もねじまがって、おかしくなっちゃったのかな。妹はかわいいのに、私だけポカだった。

 

私は知ってる。男たちは、きれいでもかわいくもない女は生きる資格がないと思っている事を。そして、私はそれに同意してしまっている。フェミニストになんてなれないよ。だって、本当のことだもの。

 

毎日がつらい。でも、夜に、睡眠薬を飲んでも、全然眠気が訪れなく、眠りを待つ間に、ツジコノリコを聴いてる間だけは、私は、私の着ぐるみを脱げ、自分に戻れる。ああ、息が楽で、心も軽い。

 

音楽がなくちゃ、ほんとに死んでたと思う。そして、見知らぬ幸福な家族をうらやむ時期は終わったように思う。そんな人たち、どうでもいい。私の世界にいない人たち。勝手に仲良くやってればいいんじゃないかな。きっと、明日なんて永遠に来ないけど、私は私を一生、死ぬまで続けていくだろう。そして、それにもっと専念しないといけない。

 

私は他人の人生は生きられないから。しょうがないんだ。